2021/04/30

第2回 乳腺炎から腱鞘炎となる

乳腺炎になってから、ひまわり助産院の丸山さんには毎日訪問してもらいました。熱は下がったものの、娘がおっぱいを吸えないのは相変わらずで、おっぱいはガチガチのままで、詰まってはマッサージの繰り返しでした。「ミルクを足さないと体重が減ってしまう。いっそ母乳をやめようか」・・・・・・とても迷いました。

その上、「おっぱい飲みたいのに飲めない~」っと身体を反らして泣きじゃくる娘を支えようとしたためか、左の親指の靭帯が伸びたような痛みが出始めました。

吸わせ方や体勢を変える方法を丸山さんにアドバイスしていただき、少しずつ飲めるようになったのですが、慣れない体勢に、親指と手首が痛くなってきていました。

おっぱいもミルクも少しずつしか飲めないので、すぐにおなかが空いて泣き始めました。夜中はミルクをあげてもすぐに泣くので、1時間毎にあげていました。まだ授乳に30分かかっていたので、30分休んだらまた授乳、の繰り返しでした。

長い夜を過ごして、ようやく朝になると、急にぐっすり寝始め、お昼頃から2時間毎に授乳し、夜中は1時間毎に授乳というパターンが続きました。細切れにしか寝られない私の頭は、常に朦朧としていました。

 

母乳もミルクも途中ですぐに離してしまってうまく吸えないという状態について、本やネットで調べ、舌小帯の癒着が原因ではないかと思い至りました。丸山さんに相談し、大和市にある専門の病院を紹介してもらいました。

その病院で「舌癒着症ですね」とすぐに言われ、1週間後にレーザー治療で癒着している部分を切ってもらうことになりました。「喉にポリープもできてますよ。泣かせすぎですね」と言われて、悲しくなりました。ひたすらおっぱいをあげても抱っこしても、どうやっても泣くのですから。

1週間後、決められた時間に行くと、10組以上並んでいて、待合室ではスーツケースを持って、県外から来たと話しているご家族も何組かいました。月齢の短い順に呼ばれるとのことで、生後1か月だった娘は1番目で、数分で終了しました。かなり泣き続けて可哀そうでしたが、何度も授乳をしているうちに、だんだん吸えるようになってきました。

 

生まれてすぐからイビキのような音を立てていたのですが、これもまた舌癒着症が原因だったようです。夜、寝たかなと思うとイビキが聞こえてきて、「赤ちゃんなのに何でイビキ?」と心配になり、しばらくじっと見ていると、無呼吸の時間があり、秒数を数えているうちに呼吸再開。心配で眠れなくなる、の繰り返し。これも私を眠らせない原因でした。

手術後、この無呼吸とイビキが改善されました。授乳の間隔も長くなってきて、ミルクを足す必要もなくなりました。乳腺炎も、しこりは残るものの、痛みはなくなりました。

 

ただ、朝方に熟睡して夜中に泣き続けるというパターンは相変わらずで、別の部屋で寝ている夫を起こすと仕事ができなくなってしまうと思い、夜中に抱っこし続けていました。

 

夜中に泣き続けて全く寝ない子っていないのかなあと、近所で会った子連れのママに話しかけて聞いてみたり、子育て支援センターの方に相談したりしたのですが、たまたまなのか、「うちはそういうことなかったわ」と言われてしまい、孤独を感じました。

 

その後も昼夜逆転の生活が2か月ほど続き、もう相談するのはやめようかなあと思っていた頃、「うちもそうだった」という人に出会いました。「どんなにぐっすり寝てても、朝日の当たる窓際に寝かせてお腹を出して、朝日を当てると、だんだん起きる時間がズレて、夜寝てくれるようになるわよ」とのことでした。

早速やってみたところ、1~2時間ずつ寝る時間が早まり、明け方に熟睡していたのが、夜中過ぎ頃に寝てくれるようになってきました。1週間後には夜中の抱っこが短くても寝てくれるようになり、朝、ぱちっと起きてくれるようになりました。この3か月は何だったのか。昼夜逆転を治すには、朝日を浴びること。今では常識になっていますが、16年前はまだ知りませんでした。

 

気が付くと腱鞘炎は左の親指から手首、右の親指まで痛みが広がり、ゴムのズボンやパンツを上げるのも辛くなってきました。フライパンを持ち上げ、菜箸で野菜をかき混ぜるとき、いちいち「いたっ」と言っていました。

これはまずい、と思い、近くの整形外科を受診したところ、「手を使わないように」と言われて湿布を出されただけでした。仕方なく湿布を貼ると、あっという間に剥がれ、赤くなってかゆくなったので、あえなく終了。

 

ならばと、接骨院に行ってみると、「親指が開かないように固定した方がいいです」と言われて、両手とも板を入れて親指から肘まで白い包帯でぐるぐる巻きにされました。親指以外の指を使ってハンドルを回すので、車の運転も危険な状態でした。ゾンビのような恰好で帰ってきたら、夫がびっくりしていました。

子どもの世話も自分の世話も不自由になってしまった上に、まったく家事ができなくなっていました。ほとんど眠れずとても痛くて辛いことを、ずっと訴えてきたのですが、なかなかわかってもらえませんでした。ところが、白い包帯を巻かれただけで、夫は、「豊田(愛知)のお母さんを呼んだ方がいいよ」と言いました。見た目のインパクトって重要なんだなとあらためて思いました。

 

母がいてくれた1週間は家事や抱っこを分担してもらえただけでも炎症も少しおさまってきたように感じましたし、何より精神的に楽になりました。

ただ、包帯をはずすと親指が離れた瞬間に痛みが走るので、当分包帯は外せそうにありませんでした。

通院を続けることを考え、子どもを預けるため、ファミリーサポートセンターに相談することにしました。(つづく)